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イスラーム国の衝撃
« 投稿日:: 6月 23, 2015, 06:50:59 pm »
書名:イスラーム国の衝撃
著者:池内 恵
発行所:文藝春秋
発行年月日:2015/1/30
ページ:229頁
定価:780円+税

イスラム国この本ではイスラーム国と呼んでいる。中東紛争の中でもイスラーム国はなぜ不気味なのか?どこが新しいのか?組織原理、根本思想、資金源、メディア戦略その実態に踏み込んだ本です。
イスラーム国の誕生はいつからか?米国による「対テロ戦争」の圧力、2003年のイラク戦争がきっかけ。中東地域の独裁政権が崩壊する中、忽然と自然発生的にイスラーム国の芽が出てきた。そしてそれは地域・地域で活動する組織が緩やかな連携した組織運営、したがってリーダーもハッキリしない。
大国アメリカ軍と戦う上で、真面目に戦えば負ける。

しかしベトナム戦争でもゲリラ戦にはアメリカは敵わなかった。イスラーム国は統一政権ではなく、それぞれ独立した小規模なグループ、そしてテロ、自爆テロなどの戦術で動く非常に不気味な存在。そんなイスラーム国を分析している。今の中東問題を考える上で参考になる本です。

本書より
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米国による「対テロ戦争」の圧力を受けたアル=カーイダが復活した最大の要因は、2003年のイラク戦争だった。サダム・フセイン政権の崩壊とその後の混乱により、イラクに新たな拠点形成と活動の場所が開かれ、アフガニスタンから追われたジハード戦士たちの行き先ができた。イラクの反米武装蜂起に参加した諸勢力の中で台頭したのが「イラクのアル=カーイダ」であり、組織改編や合併、改称をくり返して、現在の「イスラーム国」になった。

イラクとシャームのイスラーム国」が「カリフ制」の再興と「イスラーム国」を宣言した6月29日は、イスラーム教徒のヒジュラ暦では、この年のラマダーン月の初日だった。全世界のイスラーム教徒が断食を行うラマダーン月は、とくに宗教感情が高まる月である。また、テレビの視聴率が高まる月でもある。ラマダーン月の間、日中は断食をして過ごし、日没後は盛大な宴席が催される。その日々を彩るのは、アラブ世界の各テレビ局が競い合う連続ドラマである。各局は一年かけてこの月のラマダーン・ドラマのための準備をしていると言っても過言ではない。ラマダーン月初日の29日は、まさに各局の連続ドラマの第一回が始まる日であった。「イスラーム国」は、ラマダーン月にテレビ各局が競い合っているとことに「実写版・カリフ制の復活」を投入して最高視聴率の座を奪ったような形になった。

興味深いのは、考え抜かれた演出・脚本とカメラワークである。「アル=ハヤート・メディア・センター」の公式の経路を通じた欧米人の斬首殺害映像については、実際に首を切るシーンは、カットされていることが多い。今にも切る、という瞬間に画面は暗転し、再び画面に明かりが戻ってくると、そこには、殺害された屍体が横たわっている。前後関係から、明らかにそこで殺害したと分かるのだが、意図して殺害の瞬間を外して編集しているのである。また、そのような編集が可能になるように、処刑人が適切に演技をしているともいえる。

残酷さが強調される人質殺害映像であるが(そして実際に残酷であるが)、残酷さのみを追求するのであれば、殺害の瞬間の場面を除いて編集するのは、理にかなっていない。殺害の瞬間を外して編集することの効果は、実は大きい。「その瞬間」を映さず、聴衆に想像させるのは、演劇的な手法である。芝居やテレビドラマでは、無数の殺人が演じられるが、そこで実際に殺人が行われているはずはない。しかしある種の演出を施すことで、聴衆は、そこで殺人が行われた、というストーリーを読み取るのである。
(中略)
「イスラーム国」の殺害映像は、欧米のテレビドラマ並みの鮮明で洗練された映像で、演技をしているかのように処刑が行われるため、インターネット上で世界の人々がそれを「うっかり見てしまう」、さらに言えば、密かに「享受してしまう」可能性を高める。それが毎日どこかのチャンネルで放映されているドラマのように演出されているからこそ、人々は、それを見ることができてしまう。

「イスラーム国」は、資金面では、(1)支配地域での人質略取による身代金の強奪、(2)石油密輸業者などシリアやイラクの地元経済・地下経済からの貢納の徴収、といった「略奪経済」の域を超えない。
重要なことは、略奪でまかなえる程度の組織であるということであり、そうであるがゆえに、国際的な資金源を断つ努力も、短期的に大きな効果は生みそうにない。石油などの密輸ルートにしても、「イスラーム国」の台頭の以前から、シリアからトルコにかけて地元業者が汚職高官の黙認を得て行っていたものであり、支配権を奪った「イスラーム国」が、その権益を引き継いだにすぎない。

2014年9月にCIAが開示した推計では、この年5月から8月にかけて急速に戦闘員を増加させ、2万人から3万1500人程度に達した、としている。CIAは、それ以前に「イスラーム国」の規模を大まかに1万人と推計していたので、6月のモースル陥落の前後から8月の米国による空爆開始時期までに、「イスラーム国」の構成員が倍増もしくは三倍増したと見ているわけである。そのうち1万5000人以上が、80ヵ国の外国からの戦闘員だという。欧米諸国からは、約2000人が加わっていると見ている。

2014年10月に、国連安保理のアル=カーイダ制裁専門家パネルが提出したレポートでも、1万5000人の外国人戦闘員がシリアとイラクにいると推計しているが、所属する組織は「イスラーム国」だけでなく、他の反体制武装勢力も含めている。

人質にオレンジ色の服を着せてカメラの前で語らせ、処刑するという手順は、イラク戦争後に定着した、いわば「テロの文化」の様式に則っている。9・11事件後の米国の「対テロ戦争」では、米軍は敵性戦闘員とみなした者たちを拘束し、戦争捕虜とも犯罪容疑者とも異なる法的カテゴリーと位置づけ、米国法が及ばないキューバのグアンタナモ米軍基地内に設けた収容所に監禁して尋問した。グアンタナモ基地の収容所の写真・映像は広く出回っており、そこで収容者が着せられたオレンジ色の囚人服もよく知られている。また、イラクのアブー・グレイブ刑務所での捕虜虐待の写真が流出した際にも、そこでオレンジ色の囚人服が使われていることが鮮明に印象づけられた。そのような背景から、欧米人を拘束し、オレンジ色の囚人服を着せて辱めてから処刑することが、反米武装勢力にとってのいわば「様式」となって定着していった。

ジハード=聖戦は第2段階 「イスラーム国の衝撃」著者・池内恵東大准教授に聞く
http://www.sankei.com/life/news/150204/lif1502040020-n1.html