投稿者 スレッド: 風狂奇行  (参照数 1208 回)

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風狂奇行
« 投稿日:: 11月 15, 2012, 11:58:04 am »
書名:風狂奇行
著者名:富樫倫太郎
出版社名:広済堂出版
発行年月:2002年5月
価格(税込):2,100円

天才仏教学者富永仲基(本書では幾三郎)の生涯を描く長編で、今までの富樫作品とは全く違った作品です。富永仲基は江戸時代の大阪の町人学者であまり知られていない人ですね。私もこの作品で知りました。内藤湖南の大正時代の講演会の記録にこの人のことがわかりやすくまとめてあります。者富永仲基の研究は佛教の研究です。佛教の研究といふのは、佛教を有難いものとして、近頃の人が禪學をやつて膽力を練つたりするやうな研究ではありません。佛教を批評的に研究した日本で最初の研究です。大乘が佛説でないといふ、釋迦の説いたものでないという説の第一の主張者です。

「加上」の原則
学術の根本思想として、空間に関する考へ、時間に関する考へといふものがなければ思想の根本が成立ちません。ところが仏教は時間、空間、場所が良くわからない、はっきりしない自由な(悪き言えばめちゃくちゃな)思想体系になっています。三世(現在・過去・未来)はいつのことなのか、何十億年前なのか、昨夜なのか。「十万億土の西の方に阿弥陀如来の浄土」これは何処にあるか?とおいとおいところといったり、あなたの手の中だったりと自由奔放なところが仏教の得意とするところです。仏教のような記録に残っていない言い伝え等を研究する上での原則として富永が発見した学説「加上」の原則があります。

加上の原則というものは、元何か一つ初めがある、さうしてそれから次に出た人がその上の事を考へる。又その次に出た者がその上の事を考へる。段々前の説が詰らないとして、後の説、自分の考へたことを良いとするために、段々上に、上の方へ、上の方へと考へて行く。それで詰らなかつた最初の説が元にあつて、それから段々そのえらい話は後から発展して行つたのであると、いうことを考えた。それは「出定後語」の「教起前後」の章に書いてある。佛教の中の小乗教も大乗教も、その大乗教の中にもいろいろな宗派がある、その宗派の起る前後というものは、この加上の原則によつて起つてきたという風に考える考え方です。現在から考えればそんなに新しいわけではありませんが、280年前にこんなことを考えているのです。

次に「異部名字難必和會」の原則というものがあります。

根本の事柄は一つであつても、いろいろな学問の派が出来ますと、その派その派の伝える所で、一つの話が皆んな違って伝えられてくると、それを元の一つに還すといふことは余程困難である。根本は一つの話、それが三つにも四つにも変わってくると、どれが一体根本で、どれが変わってきたのか、どれが正しく、どれが誤つているかといふことを判断するのは困難です。それで富永は「異部名字必ずしも和會し難し」と言っています。つまり学派により各部各部で別の伝えが出来ているので、それを元の一つに還すことは出来にくいと言ったのです。これこれは卓見です。どうも歴史家といふものは、何か一つ事件がある。それが何月何日の出来事だと言う説があります。又それと違った説が出てくると、何時かということを極めたがるのです。どれもよい加減で、どれが本當か分らぬと諦めるといふことが、どうも歴史家といふものは出来にくいやうです。話として伝わっているような時代のことは、どうしても極めにくいです。そういう事は、いつそのこと思い切って極めない方がよいんですが、それをどうも皆んな極めたがるのです。その極めにくいといふことを原則にしたと言うことが富永の卓見です。

この本には上記のようなことはほとんど出ていないのですが富永仲基というひとの概要を掴む上で参考になりました。また富永仲基のことを調べるきっかけを与えてくれた本になります。

「加上」の原則、「異部名字難必和會」の原則の視点で朱子学、仏教、古代の歴史、などを再度眺めてみるとまた違った発見があるのではないかと思います。全く正反対の主張であっても相互に関連して「加上」の原則が働いてきたと考えると楽しくなりますね。またはっきり判らないことを強引に結論づけるのではなく、判らないものは判らないという結論も必要ですね。

内藤湖南という人も京都大学の教授に推薦された時に、役人から師範学校卒の人を教授にするのはと反対が多かったのを当時の京大の学長が「内藤を教授にしないのであれば私も辞める」というエピソードがありますが内藤湖南も良い業績を残しているようです。(内藤にも興味が出てきました)

内藤湖南 大阪の町人學者富永仲基
http://www.aozora.gr.jp/cards/000284/files/1735_21416.html
六稜大阪学講座「近世大坂の学問~懐徳堂とその周辺」
http://www.rikuryo.or.jp/home/column/kaitokudo.html