「好鉄不当釘、好人不当兵(良い鉄は釘にならない。良い人は兵にならない)」
兵隊とはゴロツキ・野良犬の類であり、戦場での勝利の雄叫びは掠奪開始の号砲であった。掠奪の過程で「良民の家屋敷を一片の灰と焼き払」う。それゆえに「民望を失ひ」、結果として「革命の機運を助長せし」めてしまったというのだ。
佐佐木信綱に師事した歌人でもある前田は、旅のつれづれに「古へは大き聖の生れし国/ますらをひとり唯ひとりなき」と詠んだ。
清朝最期の宣統帝溥儀は廃され、官民は「共和の政に心酔致し候」ではある。革命が成功し中華民国が建国されたばかりだが、「已に官人相争ひ名士互に相下ら」ないばかりか、「国の主権の所在たる大総統の威厳」は地に堕ちたも同然であり、国民からする「敬仰の中心点」となってはいない。このままでは「国民は国家と相離れて収拾すべからざる状態に移り変ること」もありうる。伝統の秘めた因習を振り返ることなく、たんに満洲王朝を打倒して古い王朝制度だけを「破壊し候はゞ必ず憲政の美を致すべくと過信」したゆえに、立憲共和制とは名ばかりの混乱社会が生まれてしまった。