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ほかげ橋夕景
« 投稿日:: 6月 02, 2015, 04:46:38 pm »
書名:ほかげ橋夕景
著者:山本 一力
発行所:文藝春秋
発行年月日:2010/10/15
ページ:344頁
定価:1524円+税

「泣き笑い」「湯飲み千両」「言えねえずら」「不意峨朗」「藍染めの」「お燈まつり」「銀子三枚」「ほかげ橋夕景」の8編の作品が収録
時代は天保の世を舞台に、深川、土佐、清水の次郎長の晩年など興味ある話題を題材に構成されている。それぞれ短編ですが、ぴかっと光作品ばかり、そして時代が見えてくる。人情あり、伊達あり、意気地ありで突っ張って生きていく人々を面白く描いている。そして誠実に、真面目に、懸命に努力している人を応援している。読み終わって清涼感が漂う作品が集まっている。

本書より
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おとっつあんは、あたしのことがうっとうしくなったみたい……。祝言が決まって以来、なにを話しかけても邪険な返事しか返ってこない。それがおすみには、たまらなく哀しかった。(「ほかげ橋夕景」より)――娘の祝言が決まった日から急に態度が冷たくなった父親の心情が胸に迫る表題作。他人の物を盗った息子に右往左往する両親を描く「泣き笑い」、晩年の清水の次郎長が小気味よい「言えねえずら」、土佐の長宗我部家に伝わる文書に秘められた一族の尊い使命「銀子三枚」など、とびっきりの時代人情話8編。


「傳次郎は結納を済ませてからは、ほとんど家で晩飯を食わなくなった。“川べりの一膳飯屋のほうが、涼味があって飯も酒も進む”今日のおれの晩飯はいらねぇ・・・傳次郎の外食は、八月に入っても続いた。」「おとっつあんは、あたしと晩御飯を食べるのをいやがっている・・・何度も傳次郎に確かめたいと思った。が、返事が怖くて、問わず仕舞いになっていた。風は、犬の遠吠えまで運んできた。」

「傳次郎は道具箱を橋板に置き、娘を両腕で抱き上げた。“橋の真ん中から見ると、常夜灯がともってもきれいねぇ”おすみと一緒に傳次郎を迎えた夏に、おきちは・・・。“五ノ橋では味気ないから、火影橋ってよぶのはどうかしら”すっごくきれい。いいなだぜ。おすみと傳次郎は、その場で火影橋の名を受け入れた。」

腕のいい大工の傳次郎は生来の不器用者、仲居をしていたおきちは寡黙で愛想のない傳次郎に強く惹かれたのだ。その二人に待望のおすみが生まれたのだが、おきちは亮年三十四で心の臓に発作を起こして急逝した。

「男には、やせ我慢がでえじだからさ。おれが話したことを、おめえさんはばらしちゃあいけねぇよ」「あいつはてえした男だぜ」祝言があさってにせまって常夜灯に明かりを灯すのが毎日の決まりごとの彦八がおすみに話しかけてきたのだった。そのあと「橋の向こうから、聞きなれた足が聞こえていた。おすみは急ぎ、涙をぬぐった。」

おすみはおっかさんから教わった油揚げと豆腐の味噌汁を父親に作り続けてきたし、新年早々の客の、歳の変わらない若い職人にもつくってあげたのだった。
「ほかげ橋夕景」