投稿者 スレッド: 我、六道を懼れず 真田昌幸連戦記  (参照数 283 回)

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我、六道を懼れず 真田昌幸連戦記
« 投稿日:: 12月 16, 2014, 08:50:28 pm »
書名:我、六道を懼れず 真田昌幸連戦記
著者:海道 龍一朗
発行所:PHP研究所
発行年月日:2013/10/2
ページ:588頁
定価:1900円+税

真田昌幸は知謀策士、豊臣秀吉からは「表裏比興(ひきょう)の者」と呼ばれ、徳川軍を2回も撃退した上田合戦のエピソードから、煮ても焼いても食えない老人というイメージが強いが、この物語は昌幸の幼少時から武田勝頼の長篠の戦いまでを昌幸を主人公として描いている。真田昌幸は真田家の三男として幸隆の子として生まれ、5歳で武田信玄の元に人質として送られ、側近として仕え、信玄から戦術、戦略を学び「我が眼、我が耳」と言われるまで信頼された成長期があった。昌幸がその後の真田家のカラーを作ったと思われる。

昌幸の初陣は上杉謙信との第四次川中島の戦い、この戦いで武田信玄は山本勘助、弟の信繁が討ち死する程完敗した戦い。信繁を慕っていた昌幸は常に親方(信玄)はどう考えるか?信繁は?と事に当たって常に思い描いていた理想の武将、後に幸村に信繁と名付ける。若い時代の昌幸の生き様、そして弱小の家に生まれて、武田家の配下で生きていく道を探っていく過程を描いています。そして信玄が亡くなって勝頼の差配で行った長篠の戦いで、2人の兄を討ち死させてしまう。
その後真田の家を継いでいくことになる昌幸は信玄の教え守り、そして真田家を存続するために知謀の策士「表裏比興(ひきょう)の者」と呼ばれようがわが道を行った礎が描かれている。

中小企業の社長が大企業を相手に己の持てる力を精一杯使って必死に生きた昌幸が良く描けていると思う。なかなかの力作です。歴史にもしはないけれど武田信玄がもう少し長生きしていたらと思ってしまうストーリーです。