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誰も「戦後」を覚えていない
« 投稿日:: 1月 28, 2013, 11:42:43 pm »
書名:誰も「戦後」を覚えていない
   昭和30年代篇
著者:鴨下 信一
発行所:文藝春秋社
発行年月日:2008/12/20
ページ:240頁
定価:750+税

今の現代日本人の原形を求めるとすれば昭和30年代を振り返ってみると良い。でも誰も本当のところは覚えていない。著者はTBSに勤め30年代からテレビの仕事をしていた関係から30年代の実体験、感覚を綴っている。最近「東京タワー」という番組で懐かしい30年代というように宣伝されているが、ちょっと違っていると違和感を持った人も多いと思う。現代から見た30年代。隣近所が疎遠になったから団地のドアには鍵をかける。

核家族になったら日本住宅公団が2DK(約13坪)の標準サイズの団地を作った。でも実際は逆、2DK団地の売りは頑丈な鍵をつけた部屋と売り出した。人々の生活習慣・感覚を変えたのは実は物の世界。それ以前は家に鍵をつける習慣はなかった。隣近所の人がかってに入ってくる場所でもあった。雨戸がなくなった。その代わりカーテンが普及した。黒澤監督はカーテンを使ったシーンが多い。ロカビリーが一斉を風靡したようにいわれるが、実は本の一部の人たちが騒いでいただけ。20年代に流行ったジャズがその後衰微してしまったのはなぜ?ジャズから歌詞がなくなったから。

興味あること、懐かしいことが政治、文化、文芸、映画、テレビ、音楽、犯罪、災害、世相を見つめ直すヒントを与えてくれる。昭和30年代の小説は何故おもろかったのか?松本清張、山田風太郎、山本周五郎などに代表される小説は社会に対する格差、不公平、不平等に対する真の犯人を見つけるための方策が示されていた。だまされないために庶民の教育的役割を果たしていた。ノンフィクションが小説の中に混じっていた。松本清張も晩年は「日本の黒い霧」などだんだんノンフィクションにのめり込みすぎておもしろくなくなっていったが。

戦後史とは大家族→家族→小家族→核家族→個人。一般的な日本人という集団から小集団の集まりに分解し、さらに細かい集団に、ついには個人のレベルに至る過程。こんな視点で30年代、40年代、50年代を鳥瞰してみるとおもしろい。