硬派の経済ジャーナリスト内橋克人が意外にも評価した谷村新司の『昴』
|日刊ゲンダイDIGITAL
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/331002谷村新司(2023年10月8日没、享年74)
硬派の経済ジャーナリスト、内橋克人と私の対論『KKニポンを射る』(講談社)
は 1986年に刊行された。タイトル通り、日本の会社やサラリーマンをテーマ
にしているが、 第6章の「時代の哀歌」で谷村の「昴」に触れている。流行歌
とは無縁だと思っていた内橋がこう話したのは意外だった。
「都はるみがいよいよ引退する時に、五木ひろしがピアノを弾いて、都はるみ
が歌った『昴』があるんです。これは現在の演歌の最高峰だと思う。あるテレ
ビでやったものですが、これは絶妙のコンビで私はちょっと大ゲサな表現かも
しれませんが、ローソクの火が消えていく最後の輝きみたいなものを見ました
ね」
私よりほぼひとまわり上で『匠の時代』を書いた内橋は同調主義を嫌い、ど
ちらかというと流行に背を向ける。そんな内橋が「昴」を絶賛したので、私は
ちょっと不意をつかれた。私自身はそれほど谷村の歌に惹かれないからでもあ
る。
硬派の経済ジャーナリスト内橋克人が意外にも評価した谷村新司の『昴』
私の高校以来の友人で、ベルウッドという伝説のレーベルの創始者、三浦光紀
も、谷村やさだまさしには無関心で、彼らはNHKの紅白歌合戦に出たい人なん
だよ、と斬り捨てた。三浦の親しい小室等や井上陽水は声がかかっても出ない
と言う。
それはともかく、いま少し、内橋の「昴」礼讃を聞こう。
「これは単なる私のイメージに過ぎませんが、状況としてはもう死しかない。
しかし、そのときはせめて閉塞した中での選択権は自分が握るべきなんだと。
自分の死の選択権は自分が握るべきだということです。多くの人が意識してい
ないと思いますが、現在は日本人全体、あるいは地球全体が追いつめられた状
況にある。たとえば、核状況の中で選択の幅がどんどん狭められているわけで
すね。個人が何かを選択する余地は世界的にどんどん狭められていく。しかし
なおその中で何かを求めていかなければならない。世紀末の状況で、未来はけ
っして明るくないというなかで、谷村新司はそこを直観的に感じ取ったんだと
思うんですね。そしてその世紀末の個の悲劇を謳い上げたのではないか」
これを谷村が読んだかどうかは知らない。 しかし、深読みとも言えるほど
の評価だろう。
内橋によれば君も社長になれるよと新入社員に幻想を与えるのが日本的なやり
方だという。ところが、「昴」はそういう幻想をカケラも与えない。「正直な、
そのままの状況の描写として、前途にはこれしかないんだと言っている」とい
う内橋の評は、だいぶ早い谷村への追悼メッセージだった。
谷村はアダルトビデオやビニール本の収集でも知られていたらしいが、それ
とは無縁な内橋にこれほどまでに評価されて、心置きなく<冥途へ旅立てる>
のではないか。谷村は、平和への祈りはささげても、あからさまな反戦歌は歌
わなかった。(文中敬称略)