書名:鴨長明伝
著者:五味 文彦
発行所:山川出版
発行年月日:2013/2/20
ページ:316頁
定価:1800 円+税
丹波高地を源流とする鴨川、比叡山を源流とする高野川、その合流点には出町柳、その三角地帯に下鴨神社、糺の森がある。下鴨神社の摂社の河合神社に鴨長明の庵の復元住宅がある。それは小さな小さな庵です。「方丈記」で有名な鴨長明の生い立ちを和歌、散文を交えながら中世の旅に誘ってくれます。河合神社の禰宜の家に生まれ、後を嗣ぐことは叶わず和歌、散文、日野の里に隠遁し、気ままに暮らし、人生を達観しているような生き方、でも実際は?
鴨長明の生きた時代は平安末期から鎌倉時代の初期、平清盛、後白河天皇(上皇、法王)、源頼朝など後の時代。九条兼実、義円兄弟、藤原俊成、藤原定家、後鳥羽上皇、源実朝などが生きた時代。当時下鴨神社の禰宜の地位は上賀茂神社の禰宜より上であった。京都に何かが起こると(天災、人災)必ず賀茂神社に天皇の御幸があった。そして御幸ごとに禰宜の地位が上った。当初和歌の道で身を立てていこうと公家達の歌合に顔を出して頭角を現してくる。そして後鳥羽上皇にも寵愛されて「新古今集」にも10首の和歌が選ばれている。下鴨神社の摂社の河合社の禰宜になれなかった時に和歌からも離れて日野の里に隠遁する。そして「方丈記」「発心集」「無名抄」、和歌三昧の暮らしを続ける。
「いく川の流れは絶えずして元の水にあらず」など読んでいると何となく達観した境地も垣間見えるが、実は俗世のことにはかなり興味あって、出世(官位を上げる)には貪欲、でも思うようにいかない。その苦悩が和歌、散文に走らせた。当時和歌の大流行、また今に残る人々と交流して自分の技量を上げていく。そしてある日の突然の隠遁、方丈記の散文の中を彷徨いながら、当時の宮廷の様子、世間の様子などを和歌で綴った本です。後世に残る名歌があふれている。また和歌と政治が一体化した世界を見ることが出来る。方丈記が名文なのは和歌の素養があった鴨長明だから出来たこと。また散文というものを世に出した人。じっくりと味わってみることが出来る本です。
鎌倉に行くと、源実朝の和歌がいろいろなところで目にすることが出来る。鎌倉幕府で実朝は和歌に堪能な将軍、教養人、それは京都から藤原定家、鴨長明などを招聘して必死に学んだ。また本人にも素養があったのですね。百人一首にも選ばれていますね。
世の中は 常にもがもな 渚(なぎさ)漕ぐ
海人(あま)の小舟(をぶね)の 綱手(つなで)かなしも 鎌倉右大臣
本書より
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薄く濃き野辺のみどりの若草に あとまで見ゆる雪のむら消え 若草の宮内卿
(鴨長明)
思ひやる心やかねてながむらん まだ見ぬ花の面影にたつ
吹きのぼる木曾の御坂(みさか)の谷風に 梢もしらぬ花を見るかな
雲さそふ天(あま)つ春風かをるなり 高間の山の花ざかりかも
宵の間の月のかつらのうす紅葉照る としもなき初秋の空
秋風のいたりいたらぬ袖はあらじ ただ我からの露の夕ぐれ
ながむれば千々(ちぢ)に物思ふ月に 又我が身ひとつの嶺の松風
松島や潮くむ海人の秋の袖月は 物思ふならひのみかは
さびしさはなほのこりけり跡たゆる 落葉がうへに今朝は初雪