投稿者 スレッド: お遍路さん  (参照数 258 回)

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お遍路さん
« 投稿日:: 10月 08, 2018, 04:38:21 pm »
お遍路さん
巡礼となるとなんとなく四国のお遍路さんが、有名で歴史のあるものだと思っ
ていました。そしてちょっと調べてみました。ふるさとでは西国三十三所は、
ご詠歌でもよく知っていましたが、最近1300周年で色々なところで行事が開催
されています。奈良の都もちょっと前に1300年(710年)の看板が奈良市のあ
ちこちにあったのを思い出します。西国三十三所はそれと同じくらい古い時代
からの信仰だったのですね。ちなみに四国のお遍路さんは伝起源でいうと中世
からの事だったようです。「四國遍禮道指南」という古文書を香川大学瀬戸内
圏研究センターのサイトで見つけました。お遍路さんについて詳しく書かれて
います。

四國遍禮道指南 - 香川大学瀬戸内圏研究センター
http://urx2.nu/Ml7t

四國遍禮道指南(香川大学瀬戸内圏研究センター)
http://www.kagawa-u.ac.jp/setouchi/setodb/henro/henro.pdf

四国遍路(四国八十八カ所)
信仰上は、空海が42歳の厄年の弘仁6年(815年)に四国霊場を開創したとされ
ているが、史実ではない。
「四国辺路」の初出は、弘安年間(1248-1288)の醍醐寺文書で、「四国邊路、
三十三所諸国巡礼」と記されている。また、永正10年(1513)80番国分寺に「
四国中辺路同行二人」の落書きが残されている。
真念によって1687年 (貞享4年)将軍綱吉の時代。『四國邊路道指南』これが四
国遍路が確立した時とされている。

西国三十三所(今年1300周年として色々な行事が予定されいる)
根拠は『中山寺来由記』、『谷汲山根元由来記』とされる。『中山寺来由記』、
『谷汲山根元由来記』はネットでは見つからなかったが、池田市の図書館には
あるようです。

三十三所巡礼の起源については、中山寺の縁起である『中山寺来由記』、華厳
寺(三十三番札所)の縁起である『谷汲山根元由来記』などに大略次のように
記されている。

養老2年(718年)、大和国の長谷寺の開基である徳道上人が62歳のとき、病の
ために亡くなるが冥土の入口で閻魔大王に会い、生前の罪業によって地獄へ送
られる者があまりにも多いことから、日本にある三十三箇所の観音霊場を巡れ
ば滅罪の功徳があるので、巡礼によって人々を救うように託宣を受けるととも
に起請文と三十三の宝印を授かり現世に戻された。
巡礼の功徳は罪障消滅後世安楽ということが信じられて、いろいろな巡礼が行
われるようになった。現代人もやっぱり心のどこかでそんなことを信じている。
神社仏閣に手を合わせたり自然にしている。